SH Diary.

かつて不登校だったひとが野球や遠出、日常とたまにちょっとまじめなことを書いてます。

トマトの思い出を(勝手に)語ってみる

id:lunasaurusさんのこの記事

TOMATO WARS -第一次トマト大戦- - 23、♀、NEET脱出(予定)

が発端となり、なんかトマトが好きか嫌いか論争が静かに巻き起こっている。
(10/27追記:発端の記事は別にあるそうです。たいへん失礼いたしました)

f:id:superexp221:20131026071741j:plain
適当な画像が無かったので、
高校の時の野菜栽培の授業で栽培中のトマトの画像をどうぞ

先月のデイリーポータルZのこの記事

@nifty:デイリーポータルZ:昭和40年の母の宿題を完成させる

では、昭和40年(1965年)の夏に普通にトマトが、しかも毎日毎食のように食卓に出ていた、なんて話もある。
半世紀近く前から日本人の食卓を支えてきてると思うと、トマトに敬意を払わなくては、と言う感情も沸く。
 
で、ぼくはと言えば、正直「好きでも嫌いでもない」。
出されたら食べる、けど一人暮らしを始めてトマトを買ったのはたったの1度きり。
今年の夏ぐらいにバターチキンカレー作った時に買った。あとにも先にもそれだけ。
 
だけど、子どもの頃は毎日のようにトマトを食べていた。
 
トマトを用意してくれるのは祖母。
夕食の直前くらいに取り出して、皮に切り込みを入れてヘタに金属棒を刺し、ガスコンロでトマトをあぶる。
そして水の中へドボン。いわゆる「湯むき」という作業で、これをやると見事にトマトの皮がきれいにむける。
 
あの瞬間が、子どもの頃のぼくは大好きだった。
少し皮に焦げ目がついたトマトを水の中に落とした瞬間、皮だけがべろんとめくれる快感。
自ら進んでこのトマトの皮をむく作業をやっていたこともあった。小学校低学年頃の話である。
 
だけど、高学年ぐらいになったら、トマトが食卓に上がる回数が格段に減った。
家のガスコンロがIHになり、「トマトを火であぶる」ことができなくなったっていうのもあるかもしれない。
皮つきで祖母が出してくれていた記憶もあるけど、それも数回、しかも毎日じゃなかった。
 
これ以降、別にトマトが嫌いな訳ではないが、ぼくのトマトの消費量は格段に落ちた。
 
今住んでるアパートはいまだにガスコンロなので、例の湯むきの作業ができる。
だけど先日バターチキンカレー作った時も「トマトの皮をむけ」と書いてあったのに、むくのを忘れた。
というか、白状すると「めんどくせ」と思って皮のまま投入してしまった。
結果、完成したカレーは、食べるとトマトの皮がめちゃくちゃ気になるものになってしまった。
 
あのとき、祖母のやってる通りにしておけば。
 
カレーは美味しかったのだが、大量にできたので数日食べ続ける羽目になり、完食したころには飽きた。
だから、次やることは多分ないだろう。
でも、次何かに使う時にトマトを買ったら、絶対あの時の祖母と同じように、トマトをあぶって湯むきする。
 
そんなことを、このトマト好きか嫌いか大論争で思い出した。
 
・・・でも、昨日スーパー行ったら、トマト1個百何十円しててビックリしたんすけどね。

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