SH Diary.

かつて不登校だったひとが野球や遠出、日常とたまにちょっとまじめなことを書いてます。

被災地いらなかった物リストで思い出した2つのこと

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先日、togetterで話題になっていた

#被災地いらなかった物リスト まとめ - Togetter

を読んでいて思い出したことが2つほどあったので書き残しておく。
主に、千羽鶴のことに関して思い出したこと。
 

ごめんなさい。ぼくも千羽鶴を折る場面に遭遇したことがあります。

震災のその瞬間は実家にいて、前の夜飲み屋に置き忘れた名刺ケースを取りに行こうと支度中だった。
結局その日は行かずに3日後に出直したのだが、その帰りに知人が通り道の喫茶店にいるらしく少し顔を出した。
 
なにをしているのかと思ったら、千羽鶴折ってた。
まず紙に「復興祈願」とか色々メッセージを書いてから、みんなひたすら折ってた。
 
ぼくは鶴すら折れない程度に不器用なので折ることはしなかったけど。
 
結局あの鶴は被災地に届けられたのか定かではないが、もし届けられていたら大迷惑だったんだなと思う。
 

ごめんなさい。コソボの難民に絵を描いたことがあります。

で、その千羽鶴に関連して思い出したこと。
 
今から10数年前、ぼくはボーイスカウトに所属していた。
ちょうど「コソボ難民」と言うワードが日本でも大きな問題として扱われていた頃。
毎年春にある舎営*1で、コソボの子どもたちに元気を、と絵を描いた。
ひとり何枚と言うノルマもなく、描けたらまた新しい画用紙貰って、って言うのを繰り返しで。
 
時間が来たところで、隊長がじゃあみんなで描いた絵を見てみよう!とスライドショーぽく絵を見せてくれた。
が、相手はみんな小学生である。何人かの団員がバカにしたように笑いだし、隊長は怒って途中で止めた。
 
冷静に考えるとそんな絵を送ったところで何になるんだという話である。
絵心のないぼくも数枚描いた記憶があるので、いまとなっては現地に送ってないことを祈るしかないのだが。
もし届いていたら、これもまた現地の人にとっては大迷惑な代物にしか思えなかっただろう。
 
このリストが無かったらこの2つ、とくにコソボのことは思い出さなかったに違いない。
あらためて、このリストの作者に感謝しつつ、今後はこのようなものを送ることを控えるようにしたい。反省。

*1:いわゆる合宿のようなもので、少年自然の家のような施設で泊りがけで自然体験するプログラム。自分がいた団では春は1泊2日、夏は2泊3日だった

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