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SH Diary.

かつて不登校だったひとが野球や遠出、日常とたまにちょっとまじめなことを書いてます。

もしあの日にSNSがあったなら。―阪神大震災から19年

時々、思うことがある。
 
2011年3月11日からの数日間、Twitterタイムラインはありふれた日常をつぶやけない状態になった。
なんなら、「情報が流れてしまうから無意味なツイートするな!」と言う者まで現れたぐらいだ。
とにかく指をくわえて、津波や死者、物資不足の情報をただ見つめるしかなかった。
 
その1年後、2年後、みんなが一様に「あれから1年かぁ」「2年経ったかぁ」とつぶやいていた。
 
もしも、1995年1月17日にTwitterがあったら。やっぱり日常をツイートする雰囲気じゃなかったのかな。
「貴重な情報が流れるだろ!無意味なツイートすんな!」って怒る人もいたのかな。
あの時と同じように、とにかく自粛ムードが漂うタイムラインになっていたのかな。
そして、1年や2年が経った時に、もうそんな経ったのかぁ、とみんなツイートしていたのかな。
 

今日、はてなのトップページを眺めていて阪神淡路大震災に関するエントリーが上がってくるんだろうなーと思っていた私はちょっとだけ拍子抜けした。あまりにも少なかったから。
風化が広まっているといわれている阪神淡路大震災。やはり19年という歳月が経っているということもあるだろうし、一応は当事者である私ですら記憶が薄れているのだから、そうでない人にとっては普通の事なのかもしれない。

今朝5時46分、たまたま起きていたぼくはあの日と同じように暗く寒い朝に黙祷をした。
そのあとTwitterFacebookを覗いたが、19年前のことに触れている書き込みはちらほらしかなかった。
今夜のテレビ欄も、際立って特番を組んでいたのはNHKだけで、あとは何ら変わらない日常。
 
ひょっとして、東日本大震災から19年、20年経ったら、やっぱり世の中はこういう雰囲気になるのかな。
と、明けていく朝の空を眺めながら思った。
 
本当は、忘れちゃいけない自然災害なんて、そんなもの一つもないのにね。

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長田区鷹取のとある公園にて。5年前の春撮影

阪神淡路大震災から、まる19年。
ぼくの一番古い記憶が刻まれた瞬間として、1995年1月17日午前5時46分は永遠に忘れない。

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