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SH Diary.

かつて不登校だったひとが野球や遠出、日常とたまにちょっとまじめなことを書いてます。

もう少しでおばあさんを救えなかったかもしれない話

diary thought

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(写真はイメージです)

自戒の意味を込めて。
 
それは今日の夕方のこと。
 
スーパーへ歩く線路沿いの道。さっき電車が行ったばっかりなのに、今から渡る遠くの踏切が鳴り出した。
ウソだろー、寒いのにー、と時間ロスを一人嘆いていると、鳴り出すと同時にゆっくりとおばあさんが踏切へ。
 
あれ?間に合うのか?
 
と歩きながら観察していると、案の定(と言っては失礼だが)、渡りきる寸前で遮断棒が降りきった。
 
えっ。
 
必死に外に出ようとするおばあさん。
よりにもよって次やってくるのはおばあさんが出ようとしている側の線路を走る電車。
しかもその電車はカーブの向こうからやってくるので、もし見つけても確実にブレーキは間に合わない。
 
そして、細い道の踏切なので、ほかに誰も踏切待ちしている人がいない。
 
あ、あかん。
 
慌てて踏切へ急いだ。あそこの踏切には非常ボタンがあるのを知っている。
そして、おばあさんが出ようとしているのは自分がいる反対側。つまり下手に手を貸すと最悪、命はない。
こうなればとりあえず非常ボタン押すしかない、話はそれからだ、と非常ボタンに手をかけようとしたその時。
 
・・・おばあさんは、やっとの思いで踏切から自力で抜け出した。
 
それから20秒もたたずに、電車が通過していった。おばあさんは振り返りもせずにゆっくりその場を去った。
どちらも、何事もなかったかのように。
 
遮断棒が上がり、通行可能になった踏切を渡りながら、ぼくは一連の行動を思い返していた。
 

だいぶ前、ワイドショーで踏切に閉じ込められた人を助けた話を観たけど。

現場で助け出した女子中学生3人がインタビューに応じてて、そのバックに非常ボタンがあるのを観て
「なんで非常ボタン押さねーんだよ!!」
と思わずツッコミを入れそうになったことがある。
実際、こういう場面では、鉄道会社も「ためらわず非常ボタンを押して」と言っている。
 
で、今日、自分自身で同じような場面に直面したが、「ためらわず非常ボタンを押す」難しさを知った。
こんなことに難しいも何もないと思うんだけど、正直に言うと実はあの時押すのをためらった瞬間があった。
押してすぐにおばあさんが抜け出せたとして「あ、いや、なんもありません」とは言えんよなあ、とか。
この「ためらう瞬間」というのが、こういう時一番の命とりになるになるのに。
 
先述の通り、その踏切はカーブの先にあるので見通しが悪く、いち早く押さないと間に合わないのに。
 
今回は結果的におばあさんが自力で抜け出せたので杞憂に終わったが、もしギリギリまで抜け出せなかったら。
万が一、間に合わなかったら。自分の行動は「間違っていた」と言わざるを得ない。
常日頃から、突然こういう緊急事態に遭遇した時に対応できるような余裕が必要だ、と痛感した。
 

これは決して他人事ではない。誰にでも起こりうる話。

もし、また同じように、おばあさんが踏切に閉じ込められ、自分のいる場所から手を貸すこともできない。
そんな状況下に遭遇したら、自分は冷静に非常ボタンを押せるだろうか。
いや、今度こそ、冷静沈着に押さないといけない。今回の教訓を生かさねばならない。
 
そして、果たしていったいどれくらいの人が、この状況下で冷静に非常ボタンを押せるんだろうか。
 
時間にして1分ぐらいの短い出来事だったけど、心の底から考えさせられる出来事だった。
 
とにかく、おばあさんが無事で、本当に良かった。

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