読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

SH Diary.

かつて不登校だったひとが野球や遠出、日常とたまにちょっとまじめなことを書いてます。

「成長したい」って言うけど、成長って追い求めるもんじゃないだろう。

最近、ふと思う事。
 
とにかく今、TwitterFacebookを見てても、湯水の如く「成長」と言う2つの漢字があふれている。
「もっと成長したいなあ」「これができた。自分は成長している!」などなど・・・。
 
だけど、この成長という言葉が、どうにも大安売りされすぎている気がする。
そして、やたら成長成長連呼する人に向かって、
 
そんな成長してどうなりたいの?ってか訳も分からず成長しようとしていない?
 
と激しく聞きたくなる。
 

成長という言葉は自分から使ってはいけないと思う。

野球選手を例にしよう。チャンスの場面でことごとく打てなかった選手が、いつしか打てるようになった。
そうしたら監督コーチや評論家は「あいつは成長した」と言うだろう。これはまだしっくりくる。
 
あと、選手名鑑で荒削りの新人選手へ向けての「成長が期待される」と言う寸評。これも、しっくりくる。
 
だけど、自らぼくは成長したいんです!成長しました!って言われても、全然しっくりこない。
ああそうですか、でどういった成長を?ってしか言葉を返せない自信がある。
 
違う人に「お前成長したなあ」って言うのはありだけど、自分から使うのは違うんじゃないかなー、と思う。
 

まだ「経験を積んでいきたいです」と言うのならわかる。

自分もまだまだ経験不足だし、今もなお目標に向けて経験を積んでいる日々を送っている。
 
だけど、ぼくは成長したい、とはそんなに思わない。
強いてくくりつけろと言われたら、まあ経験積んだうえで成長できればなー、と言う感じだろうか。
やっぱり、なにごとにおいても成長するならまず経験しなければいけないだろ、と思う。
 
もう1回野球選手を例にしよう。

f:id:superexp221:20140501235739j:plain
※画像はイメージです。

練習でいくら調子が良くても、試合に出られないと成長なんて無い。
試合に出て変化球が全然打てなかった、と言う経験をした上で練習に励めば、初めて成長と言う2文字が出てくる。
逆に試合にも出れず、練習ばっかりうまいこといっても、それじゃ成長したとは言えないのではないか。
その場合は、じゃどうやったら試合に出れるのか?と試行錯誤する経験を積むことが必須になってくる。
 
そのあたりをすっぽかしたうえで、最近成長したい!と言う人がどうにも多すぎる気がする。
で、成長したい!と言いながらも、結局成長するために何したらいいのかわかりません、って人も多いんじゃないか。
なんなら、どういうジャンルに特化して成長していきたいかさえ曖昧なまま成長成長と言ってる人もいるだろう。
そんな人に成長なんて永遠に訪れないと思う。もしくは、これから生きてくうえで不必要な成長をしているか。
 
ぶっちゃけ、成長するならこれからの人生で必要な成長だけで十分だと思う。
 

そして、タイトルにかえってくる。

成長というのは経験の延長線上にあるものだとぼくは思う。そして、それは自分自身で全く気付かないもの。
だから、成長したいんです!って追い求めていくのは、ちょっと違うんじゃない?というのがぼくの意見だ。
 
経験を積んでたら、いつの間にか成長している。それも、ひとからの指摘で初めて気づく。
成長って、そういうもんじゃないのかなあ。
自ら成長したい成長したい成長しました!って大安売りするもんなんじゃなくて。

広告を非表示にする