SH Diary.

かつて不登校だったひとが野球や遠出、日常とたまにちょっとまじめなことを書いてます。

今年もありがとうございました。―本厄の年に、大きな決断をした1年。

あっという間に2014年が終わってしまう。

今年は年が明けた約10時間後、いきなり近所のショッピングモールの福引でWiiUを当てるというミラクルを起こした。

それはいいのだが、まずぼくは今年本厄であり、しかも昨年も昨年で大学の卒業パーティの抽選会でPS3を当てていたこともあって、週刊ストーリーランドよろしく「これは間違いなくどんでん返しが待ち構えている」と逆にビビり、慌てて滋賀の多賀大社で厄除お守りを買い、ほぼ肌身離さず持ち歩いた一年だった。

それでも2月にごみ箱を蹴飛ばして左足の小指を負傷、翌日大雪の名古屋を裸足にクロックスで歩く羽目にもなった。

そして9月には数年ぶりの歯医者通い。

あとはやたら風邪を引いたりもしたが、なんとか大きな病気やケガもなく本厄も残り1時間である。

そしてこの2014年はまさしく「激動」の1年だった。
 

今週のお題「2014年のお別れ」〈2014年をふりかえる 3〉

今年はきれいに上半期は岐阜、下半期は京都、と住処が分かれた1年だった。

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2009年の4月から5年3か月、最初は本当に1年経ったら大学もやめて即座に京都に戻るんじゃないかと思う時期もあったが、ふたを開けてみればこんなにも長期間の一人暮らしになった。自分でもびっくりしている。

別に岐阜が嫌になった訳でもないし、むしろ引っ越す最後の月はあーやっぱ引っ越すだなんて言わなきゃ良かったなーとか思うこともあった。でも岐阜に永住するつもりはなかったので、いつかどこかで引っ越さなきゃいけない。って考えたら今なのかなあ、と思って引っ越しすることにした。

で、年の後半はものすごく久しぶりの京都での生活となった訳だが、するっとNPOのスタッフになり、そこから本当にあっという間の1年だった。今受け持っている塾の子どもたちと「はじめまして!」とあいさつしたのが本当に昨日のことのようである。

もちろんすっぱりと岐阜に別れを告げた訳でもない。半期で3度も岐阜に行く機会があったし、おそらくこれからも足を運ぶ機会は多いだろう。だけど、5年3か月過ごしたあの部屋は今頃誰かのものになっているだろうし、大きな別れだったと言える。

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2014年もこのブログを愛読して頂き本当にありがとうございました。来年も続く限り更新していきますので、なにとぞよろしくお願いします。

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