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SH Diary.

かつて不登校だったひとが野球や遠出、日常とたまにちょっとまじめなことを書いてます。

最近、同い年の人と関わる機会が全然ないことに気が付いた

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ぼくは1990年生まれである。楽天の辛島投手と生年月日が全く一緒、なでしこJAPANの熊谷選手は1日違い(向こうが1日早い)だし、もはや90年生まれではないが女優の仲里依紗は誕生日がまるまる1年違いである(向こうが1年早い)。

いきなり話がずれてしまった。

で、この1年、転居などもあって大きく人付き合いのコミュニティが変化したのだが、最近ふと気が付いたことがある。
 

同い年の人と喋る機会がほとんどない!

ぼくは就職活動もせず、卒業した翌月からどこかの会社に入社した訳でもない。なので、いわゆる「同期」と呼べる人がいない。でも、転居前にメインでやっていたボランティアは大学の同級生に誘われたものだったので、まだ同い年の人と関わる機会はあった。よく遊んでたし。

ところが、いまのコミュニティはどうだろう。

NPO。基本的にいつでも人員は募集しているが、たいていインターン希望の学生や、活動に興味を持ってくださった社会人の方だったりで、同年代ではあるが年齢はバラバラ。同い年はいない。

ロッテファン。ここも、年上の人が多い。このコミュニティで年下の人を探すと、4,5人くらいしか思いつかない。そして不思議なことに同い年の人がいない。

大学教職課程。最近はすっかり年下の人も増えたけど、全体的に見ればやっぱり年上の人が多い。別に教職課程に入るのに年齢は不問なので、メインは5歳くらい上の人が多いけどどうかするとおっちゃんやおばちゃんもいる。同い年の人はいないわけではないが、そんなにしょっちゅう顔を合わせる機会はない。

それと、高校の同窓会役員もしているけど、ここにも同い年の人はいない。何してんだ同級生、と思われそうだが、通信制と言う特殊なスタイルだったので生徒同士のつながりが希薄、という背景がある。

もちろん、コミュニティの中には年齢があやふやな人がいることも考慮しなくてはいけないが、全体的に年上の人が多いコミュニティが多く、同い年の人と接する機会がまったくない。例えば87年生まれの人が複数いたり、とかはあるのに、なぜか90年生まれの人が自分以外に誰もいないコミュニティばかりなのだ。

NPOの仕事終わりの電車でたまに小中学校の同級生らしき人を見かけるが、人間違いだと恥ずかしいので「あれ?あの人そうだよな?」という思いを抱えたまま電車を降りる。Facebookで繋がっている同級生もいるけど、いいね!のやり取りばかりで、別に「暇なら遊ぼうぜ!」という関係でもない。

その結果、知らない間に同い年の人が周りにほぼ皆無な状況が完成してしまったのだ。

今のNPOもロッテファンも大学教職課程も共通しているのは、学校や会社のように「同じ年齢の人たちが定期的に複数人数加わる環境ではない」ということである。会社であれば中途入社でも、よっぽど小さな会社でもない限りどこかに同い年がいるんだろうけど、今の環境はそんなこともない。

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この間、教職課程メンバーで飲み会を開いたときに来た人にひとり同い年の人がいていろいろと会話していたのだが、そのうちに「あれ、そういえば同い年の人と喋ったのいつぶりだっけ??」とふと気が付き、思わずハッとしたのだった。
 

正直、「同い年の人間が多い」からなんだよって話でもあるけど。

むしろこれから先、同い年の人ばかりの環境にいられる人の方が逆に稀有な存在になっていくのかもしれない。それは何年も前から気が付いていたが、まさかこんなにも早くそんな環境にどっぷり浸かるときが来ることだけは想定外だった。

別に同い年だから何かがあるわけでもない。ただ「同じ年に生まれた」という共通のステータスを持っていると、それだけでなんとなしに心強い仲間意識が生まれる。そんな仲間意識を今自分は無性に欲しているのだろうか。

temaribana.hateblo.jp

と、1990年生まれのはてなブロググループを見つけて、思ったのだった。早速参加させて頂きました。

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