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SH Diary.

かつて不登校だったひとが野球や遠出、日常とたまにちょっとまじめなことを書いてます。

本当に怖いのは「ネット」なのか、それとも「人間の心理」なのか

thought

週末あたりからちょくちょく見かけるこのトピック。

togetter.com

表題の通り、かつてストーカーだった人物が、フォロワーがTwitterでアップしていた子どもの写真をもとに、あっさりその人の住所氏名電話番号、さらには子どもの学校ややってるスポーツ、ゴミ捨て場までいわゆる「個人情報」を突き止めちゃったよ、という話。

これに対し、いまもなお続々と「気を付けよう」「ネットって怖いなあ」っていう感想が寄せられているが、ぼくはさして「ネットが怖い」ということは思わない。確かに怖いのかもしれないが、むしろ恐怖を感じるのはネットではなく、そういうことをさせてしまう人間の心理のほうなのではないか、と考える。
 

ネットを使うということは、個人情報を犠牲にするということ

例えば、120%個人情報を隠すというのは、万が一地震が起こった場合「揺れた!」とつぶやいてもいけないことになる。小規模な地震はもちろん、広範囲の地震でも揺れの大きさが含まれていればその人が今どこにいるかを安易に特定できる手がかりになる。雷が落ちた!、でも特定できるかもしれない。

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(※画像はイメージです)

それと、○○線が人身事故を起こして家に帰れない、なんてツイートも厳禁である。その人が普段どんな電車でどこへ通うのかが一発でばれてしまう。たぶん、やろうと思えば「この人は毎日A駅から8時5分の急行電車の前から2両目に乗ってB駅で降りて地下鉄に乗り換えている」ことも割り出せるだろう。

となれば、もうお腹が痛いだのラーメン食べたいだの関心のあるニュースだの、そういうことしかTwitterでつぶやけないことになる。ニュースをピックアップしても、うっかり自分の地元のニュースばかりになってるかもしれないし、うちの地域では~と言及してしまうこともあるかもしれない。

それでええやん、と言われそうだが、そんな風にTwitterを利用できる人って、現状どれくらいいるのだろうか。いるかもしれないが、ほんの一握りしかいないと思う。

ちなみに、脅しをかける訳じゃないけど、Twitterを使っていなくてもホームページにアクセス解析をつけておけばいくらでも個人情報は割り出せる。この人愛知県から毎日昼の12時半にサイトにアクセスしてるけどどんな人だろ?と調べたら、あっという間に割り出せる。これは何も今に限った話ではない。

10年前チャットにハマっていたぼくは、荒らし*1が来ると即座にソースを保存し、荒らすユーザーのプロバイダやホストをドメイン検索して、出てきた情報や連絡先から「おたくのプロバイダの利用者がこんなことしてますけど」とたびたび通報していた。そんな知識ない人間でもこれくらい容易にできてしまう。

つまりネットを利用する以上、何らかの個人情報を犠牲にしなければならない訳で、それが嫌ならネットを使わないという選択肢しかなくなる。となれば、結局「ネットが怖い」と言う問題じゃない気がする。じゃあ何が怖いのかって言えば。
 

特定する側もされる側も「そういうことをしてしまう」心理が怖い。

これに尽きると思う。

ここで危険とされる自撮りや子どもの画像を、そもそもなぜ人はTwitterに平気でアップしてしまうのか。それは単純に「見てもらいたいから」だと思う。SNSで写真をアップして見てもらいたい、つまり承認欲求が働いてるからに過ぎない。

自撮りや子どもの写真をアップするのは、かわいい!とか褒めてもらいたいということ。電車が止まってて帰れない!とツイートするのは、ああ大変だねえと共感してほしいということ。そういう返事が誰かから来たら嬉しくなった経験はないだろうか。別にこれは、ごくごく普通のことである。

人間と言うのはどうしても誰かに共感してほしい、認めてほしいと切に願う生物である。それをいともたやすく実現できるのがSNSというツールである。その共感してほしい、認めてほしい気持ちが、個人が特定できる写真や推測できる情報をツイートすることに繋がる。それにストーカーが反応する。

で、何故ストーカーに及んでしまうか、という話については、書き出すと長くなるので以下のまとめを置いておきたい。

matome.naver.jp

いずれにせよ、これは特定する側される側問わず、完璧に防ぎきるのは難しいことだと思う。思ってもなかった人がある日突然ストーカーに・・・なんていうのも、よく聞く話である。「あの人に認めてほしい」という気持ちからそんな行為に及んでしまうのだから。
 

どうぞ特定してください!と言ってる訳でもないし、ある程度は気を付けてるんだけど。

ぼくもかつて、「合格しました」とブログに書いたらあっさり「あそこの学校ですよね?」って言い当てられた経験もあるし、あわやということも何度もあった。それ以降過剰に個人を特定できることはなるべく避けている。最近は仕事上致し方ないところもあるけど。

もちろん、これはリテラシーの低さも一因となっているし、上記まとめを読んで気を付けるに越したことは無い話ではある。だけど、気を付けなきゃ気を付けなきゃ、と思っても、うっかり投稿もあるだろうし、予想だにしていない写真や投稿が個人の特定につながることもある。

それに、いくら気を付けていたとしても、第三者がうっかり自分の個人情報を流してしまう、という事故が起こる可能性も十二分にある。そうなると、「気を付ける」というのにも限度があるのではないか。こればかりは個人ではどうしようもない。

ここまで考えてどちらが怖いかは人それぞれだと思うが、ぼくは自分がどのようにネットと付き合っていくか、に集約される問題なのだ、と思う。お店の情報を発信するときとか、個人名を出さざるを得ない場合だってあるし。こればかりは、何年経っても正解を見つけるのが難しい課題である。

*1:死ね!とか他のユーザーを誹謗中傷したり、訳の分からない文字列を発言してその場を混乱させるユーザー

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