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SH Diary.

かつて不登校だったひとが野球や遠出、日常とたまにちょっとまじめなことを書いてます。

近そうで遠い「岐阜」・観光客が増えた「京都」―引っ越して丸1年

thought kyoto

この間の火曜日で、岐阜から京都の実家に戻ってちょうど1年が経った。

岐阜の街は大好きだし、生活の中心のボランティアも充実していたし、なにひとつ岐阜を離れる要素はなかった。まして京都で仕事が決まった訳でもない。週3~4日ボランティアで外出していた岐阜での生活から、たまに大学の通信課程の調べ物でしか外出しない京都での生活に。ぶっちゃけ安定を手放すようなものだった。

だけど引っ越して2ヶ月であっさりとNPOのスタッフになって「たまに外出する」生活はあっという間に終わりを告げ、しかも大学の通信課程でも月に一度遊びに行くような人たちもできて、この1年はあらゆる意味で予想外の1年だった。後のことを考えずに行動してもなんとかなるもんだなあ、と思った。

ぼくは高校卒業と同時に18年半過ごした京都から岐阜に引っ越した。大学に通うためだったのだが、大学卒業後もまるでゲームオーバーしたときにコンティニューで100円玉を追加するような感じで岐阜に住み続けた。なんせこんな記事を書いたくらいだ*1

という訳で、1年通して京都で暮らしたのは約5年ぶりになる訳だが、ひとつ実感したことがある。
 

まあ、とにかく、京都は人が多すぎる。

いやまあ、岐阜にいたころもしょっちゅう京都に帰省していたし、観光シーズンに人が多いのはわかる。っていうか、京都はある意味年がら年中観光シーズンでもあるので、年中観光客がいるのも理解できる。それにしたって、5年前はこんな人がいなかった気がする。

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高校では写真部だったので、こんな感じで京都の写真がちらほらあるのだが、これはちょうど6年前に撮った京都駅のバスターミナルの様子。写っているのは観光客が集中する清水寺祇園の方に行くバスなのに、妙に空いている気がする。いま、ここの乗り場は日中行列が絶えないのに。バスもなんか空いている感じがする。

諸外国の日本ブームと言う話もよく聞く。街を歩いていると、聞こえてくる会話が明らかに日本語じゃなくてここは一体どこなのか?と一瞬迷うこともこの1年で何度かあった。修学旅行生も相変わらず見かけるが、やっぱり外国人観光客がこの5年で明らかに増えている。

そういえば京都駅のホームで人と待ち合わせしてるときも、外国人観光客に突然地図で二条駅の場所を示されてどの電車に乗ればいいか聞かれたし、バス乗り場では中国語で新幹線乗り場の場所を聞かれたこともあった。これからもこんなことしょっちゅうあるんやろなあ、と思う。

生活には慣れた。むしろ、昨年の今頃は月に一度くらい岐阜を思い出してふらっと岐阜に行くんだろうなあ、と思っていたのだが、この1年で岐阜駅に降り立ったのはたった3度、しかももう半年以上岐阜に行っていない。すっかり京都の人間に戻ってしまった感覚がある。

合間を見て岐阜に遊びに行かなきゃいけないなあ。何かのイベントでもない限りすっかり岐阜に足を向けなくなったのは、もしかしたらこの1年で一番大きく変わったことかもしれない。

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引っ越して丸1年だった6月30日はちょうどNPOの会議の日。帰りに京都タワーでも見上げて感傷にでも浸るかな、と思ったら京都タワーはあっさり消灯してて、感傷もへったくれもないな、と苦笑いしながら雨の中さっさと帰ったのだった。

*1:この記事、もう岐阜にも住んでないし最近岐阜にも行ってないのに、アクセスが伸びてて時々申し訳ない気持ちになる

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