SH Diary.

かつて不登校だったひとが野球や遠出、日常とたまにちょっとまじめなことを書いてます。

「納得できないと先に進めない」ということ

世の中の子どもたちは、「納得できないと先に進めない」子どもたちと「何に応用できるかわからないと先に進めない」子どもたちの2タイプに分類されるという。(参考

僕は「納得できないと先に進めない」子どもだった。疑問が生まれたらきちんと解消しなければ気が済まない。そこで納得のいかない曖昧な返答がきたときはものすごくモヤモヤして、何度も何度も疑問をぶつけて解決を図ろうとする。

結果、全く納得いかずにうやむやにされる場合もあれば恐ろしいくらいすっと納得することもある。前者の場合はさらに永遠と意味が分からない場合もあれば、時間経過でだんだん納得していく場合もある。時と場合によって先に進むタイミングが全然違う。

小学校の頃、「ひとり」の表記揺れに納得いかなかったことがある。「学校全体のスローガンは『1人』だけど、なんでクラスのスローガンは『ひとり』なんですか?」という問いに、納得のいく答えは返ってこなかった。むしろ、そんなところに噛みついているのはお前だけだ、という空気すら流れていた。

僕はこのとき、学校全体のスローガンを決める児童会の役員もしていた。だからこそ、余計に「1人」と「ひとり」の違いが気になって気になって仕方がなかった。みんなは納得しても、僕は納得できないから、じゃあそれに賛成ですという手も挙げられない。それで結局、納得できないまま多数決で丸め込まれてしまう。

今思えばそんなスローガンの表記の違いなんてどうだっていいことだし、変な意見で盾突いて困った子だよなーと自分でも思うけど、そのときはもう気になって気になって仕方がなかった。
 

「納得できないと先に進めない」辛さ

ぶっちゃけ、納得できないと先に進めない性格は今もなにひとつ変わっていない。もしかしたら、納得できない、というのも自分の考えや思考が恐ろしく劣っているのかもしれないし、半分「僕はバカです」と言ってるようなものである、というのも理解している。

もちろん、すべてに全く納得できずに盾突く訳ではないけど、NPOでの仕事や会議で意見をするときに納得できる答えが返ってこないと「いやちょっと待ってくださいよ」と思う。なんでこんなことになったんだろう?とモヤモヤを抱えながら仕事をするときもあるし、時々キツく物申してしまうこともある。

で、そんなときどうなるかというと、異様なまでに落ち込む。

自分が納得できないが為に、あそこまでキツく言う必要はあったのか。納得したふりして「あー、それいいですねー」って賛成すべきだったんじゃないか。自分が盾突いたからあんなこじれたんじゃないか・・・いろいろと考え込む。これが、辛い。

元々僕は怒りと言う感情が死ぬほど苦手である。怒られるのも嫌だし最近は怒るのも嫌になる。だからこそ納得いかずにちょっとキツく先方に言い返すだけでけっこうな自己嫌悪を催す。こないだも伝達のやり方で納得いかないことがあったので思わずLINEで言い返してしまい、その日1日何の仕事も手につかないほど自己嫌悪した。

僕が怒りと言う感情にうまく向き合えていないせいかもしれないし、意見をするのが恐ろしいくらいド下手なのかもしれない。でも、物心ついてからの20年、振り返ったらずーっとこんなんだったから、たぶんそんな簡単に変わらない気もするし、なんとかする努力はしても死ぬまでこんな感覚なんだろうなー、と思う。

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というわけで、先週の日曜で25歳になったのでした。

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