「うわ、マジかよ」
喉から手が出るほど欲しかったプラチナチケット。「下記のチケットのご予約が完了しました」というメールが届いた瞬間の僕は、自分でも驚くくらい冷静だった。鳥の鳴き声が外から聞こえる朝の部屋でしみじみと、チケットを入手した喜びに浸った。
いざ、永遠のヒーローが引退する瞬間を。
この間、千葉ロッテマリーンズのサブローと言う選手が引退するにあたってブログを長々と書いた。
一昨年、里崎が引退したときは「みんながくれたもの忘れない!」の絶叫にYouTubeで涙した。その前、小野晋吾と薮田が引退したときもぐっとくるものがあった。そのころから、最近涙腺がゆるくなった僕はサブローの引退試合とかもう絶対嗚咽を漏らすんじゃないか、と勝手な想像をしていた。
で、今月、いよいよサブローの引退試合が設定された。9月25日、千葉・QVCマリンでのオリックス戦。
ここでも僕は「マジかよ」と声を漏らした。
いや、その日は行けなくもなかった。しかし前日24日は京都で、翌日26日は滋賀で仕事。18きっぷはシーズン外、でも費用を考えると新幹線移動は考えられないので往復夜行バスと考えると、なかなかハードな3日間になる。つまり、超微妙な日取り。しかも夜行バスなんて4,5年乗ってない。
悩んだ。久しぶりにこんなにも悩んだ。
一生に一度しかない「初めてグッズを買った選手の引退試合」。行かなかったら絶対に死ぬほど後悔することも重々理解していた。
1年前、守備練習でデスパイネと話しながら戻っていくサブロー。ネット邪魔・・・。
最後にサブローの打席を見たのはちょうど1年前のQVCマリンだった。どうしても得点の欲しい場面でキャプテン・鈴木大地への執念の代打。しかし結果は空振り三振、ライトスタンドからは「もうやめちまえ!」と言う声が空しく響いていた。
10年間、追い続けてきた男の最後の思い出が、あの心無いファンの「やめちまえ!」の声でいいのか。
ずっと不変だったサブローの出囃子、ゆずの「栄光の架橋」をQVCマリンで歌いたい。「えーいこうのー かけはしへとぉー」とアカペラで歌った後、力の限り「サブローーーー!!!!!」と叫びたい。そして、QVCマリンのアナウンス担当・谷保さんの「サブロォォォォォ↑↑↑」の美声をまた聞きたい。
この瞬間、僕の選択肢はひとつに絞られた。
何が何でも、サブローの現役最後を見届けに行くしかない。
絶望の朝
しかし、ここで重大な問題が発生していた。決心した時点で既にもうチケットが品薄だったのだ。土曜の朝5時半、マリーンズチケットオンラインにアクセスすると、唯一ホーム外野応援席のみ残席があった。でも△、つまり残席がごくわずか。え、これ買えちゃうんじゃない?
と、購入手続きに踏み込もうとしたら、「受付開始は6時からです」と言うメッセージ。ま、さすがにそんなうまくいくことはないよね、といったん引き下がって10分前に再度アクセスした。ところが、わずかに期待した僕のパソコン画面に表示されたのは、無情の「システムエラー」だった。
現実は、そんなに甘くない。
焦りに焦って10分間、指が痛くなるまで更新ボタンを押し続けた。「システムエラー」の画面が出たらすぐに更新。それはここ数週間の中で一番の果てしない作業だった。「システムエラー」の7文字がゲシュタルト崩壊するほど、何度も何度も更新し続けた。
そして、ようやく縦じまのチケット申し込み画面が表示された・・・と思ったら、頼みのホーム外野応援席に×印が灯っていた。
終わった。
もう、3日後のシーズン最終戦*1にふらっと行って、恐らくあるだろう全選手応援歌メドレーで力の限り「輝けサブロー!」と歌おうかとも思った。っていうか、完全にそのつもりだった。水曜日は割と融通の利く日だから、火曜の夜京都で会議を終えてそのまま夜行バスに乗るしかないと思っていた。
希望の朝
事態が急変したのは、月曜の朝だった。
なんとなしにマリーンズチケットオンラインにアクセスすると、すべて×(残席なし)だったはずの9月25日の残席状況に、「○」や「△」がいくつかあることに気が付いた。
あれっ?
でも僕の中には、48時間前の忌々しい記憶がまだ鮮明に残っている。まったく期待せず朝6時、必要事項を記入してチケットを申し込む。この際、サブローの最後の勇姿さえ見届けられたらどこでもいい。そんな思いでボタンを押した。
・・・なんと、システムエラーを吐かない。
おやおや?と、住所や電話番号を記入して申込ボタンを押してみると、やっぱりシステムエラーが出た。しかし「電話番号は数字のみで記入してください」と言うメッセージも同時に出た。戻って確認するとハイフン込みで入力していた。これがいけなかったらしい。
再度申込ボタンを押すと、やっぱりエラーだった。そうだよな、こんなプラチナチケットすぐなくなっちゃうよな・・・と思ったら、今度は「パスワードを入力してください」と出ている。再び戻るとさっき入力したはずのパスワードが消えていた。再入力して、もう一度。
えっ?
ついにエラーを吐かなかった。そしてとうとう、「チケットのご予約が完了しました」というメールが、僕の下に届いた。
えっ、えっ、サブロー引退試合チケット、取れちゃったんじゃね・・・?
— Shun (@ma_ru_ko_me) 2016年9月4日
よっしゃあああああ、と叫ぶことは無かった。努めて冷静に、というかむしろ信じられない失敗をしたかのように、「あっ、取れちゃった・・・」と思った。まさに「うっかり」と言う表現がぴったりだった。
でも、頭の中はものすごく興奮していたようで、その後30分ひたすら自分の取った席についてファン仲間とやり取りしていた。で、ハッと我に返って、そうだチケット引き換えに行かなきゃ、と慌てて家を出た。
セブンイレブンで、さっき届いたメールの画面を出したiPhoneを店員に渡して発券をお願いする。そして「このチケットで間違いないですか?」と店員が示したチケットには、紛れもなく「千葉ロッテマリーンズ vs オリックス・バファローズ 9月25日」と印字されていた。
もちろん、誰かの引退試合を見届けるのは初めてだ。しかも、デーゲームのQVCマリンフィールドというのも初めてだったりする。
グラウンドを一周するヒーローへ紙テープが投げ込まれる感動の展開を目の当たりにしたとき、僕はどうなってしまうのだろう。この間、電車の中で引退コラムを読んだ僕は思わず涙目になってしまった。「絶対やばいですよね」とファン仲間と話もしている。
9月25日。青春時代のヒーローの最後の勇姿を、僕は千葉でしかと目に焼き付けるつもりだ。