SH Diary.

かつて不登校だったひとが野球や遠出、日常とたまにちょっとまじめなことを書いてます。

9月1日、学校から逃げた子どもたちを守るために大人がすべきこと

うちの団体のコラムでもほぼ同じことを書いたが、こちらでも。






今年もやってきた9月1日。

近頃の学校は必ずしも2学期が9月1日に始まるわけではなく、今週の月曜(8月28日)にスタートしているところも多いようだが、今週はとにかく上に挙げたように「学校から逃げて」という記事をよく見た。そして、こんな見かけた年は初めてかもしれない。とりあえず、見かけたものすべてのリンクを貼った。

春、新しい学校やクラスにうまく馴染めず*1、またいじめられながら1学期を乗り越えた子どもたちにとって、ひと月の夏休みはつかの間の貴重な休息である。でも、それが過ぎると年が終わるまでまた地獄の再開。

学校に行きたくない。でも、行かなきゃ将来は、ない(と思い込んでいる)。

家族や友達に受け入れられないかもしれない。でも、行きたくない。

このジレンマに挟まれた子どもたちが、静かに自殺という選択肢を取ってしまう。

それを、「18歳以下の自殺者数」と題されたグラフで、9月1日前後に急にポーンと跳ね上がるデータが示している。

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学校から逃げて」「行きたくなかったら行かなくても良い」。

これらのメッセージは、経験者など大人から、当事者、つまり子どもたちへ向けてのメッセージである。昨年、このブログで僕もやはり子どもたち、そして親に向けてメッセージを発信した。

冒頭取り上げた5つのリンクは、すべて子どもたちへ向けて呼びかけられたもの(だと解釈している)。当然、こう言った勇気あるメッセージを送ることはとても大切だと思う。

しかし僕はこの問題を、社会全体で取り組まなきゃいけないことだと思っている。

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不登校だった中学時代、電車に乗ってフリースクールに通っていた。

僕は昔から超がつくほど夜型人間で、ちょっと寝るのが遅いと10時11時に起きるのは当たり前だった。フリースクールは何時に来ても良いというスタンスだったので、うっかり朝起きることに成功すればまだいいのだが、遅く起きると必然的に11時とか12時とか、それくらいの電車に乗って行くことになる。

平日の昼前に、私服でひとり電車に乗る中学生。

僕はいつも、知らない人から「学校どうしたの?」と声をかけられるんじゃないか、と内心びくびくしながら電車に乗っていた。そんな時間帯から1時間目が始まる学校もない。「今から学校」と言っても、遅刻するなと余計なことを言われるんじゃないか。

だから、電車を降りて、フリースクールの玄関の下駄箱でスリッパに履き替える瞬間に、いつもすごくホッとしていた。もしかしたら気付かないところで「こいつ平日の昼間にどこ行くつもりだ」と思われてたかもしれないけど、不審に思われて声をかけられるよりずっとマシだった。

このツイートに、「学校も家も嫌で町を徘徊する子」というフレーズがある。

学校なんて行きたくない。かと言って家にいたら親が悲しい顔をしたり、学校に行くようけしかける。だから平日の昼間から他の居場所を探しに街へ出るしかなくなる。そこでもし、大人が「君、学校は?」と訝しんだり、「学校どうしたんだろう」と冷ややかな目を送ったら、その子はどう感じるだろう。

学校が嫌な子、不登校の子が一番言われたくないのは、「学校どうしたの?」という言葉である。

学校に行かなきゃいけないことは、他の誰よりも当人が一番分かっている。どんな理由であれ家で親がため息をひとつつくと、「学校に行かなかったことで親がため息をついた。自分が親を悲しませているんだ」とその責任を子どもが一手に引き受けることなんて、ザラにある。

「学校が嫌なら、逃げてもいい」のは分かっている。でも、逃げた先で大人や他の誰かが受け入れてくれなきゃ、結局何も変わらないのが現実なのだ。

一昨年話題になった鎌倉市図書館のツイートがナイスだったのは、「一日いても誰も何も言わないよ。」という文面。

何かに夢中になれる、ということは逆に言えばその夢中になれる時間は嫌なことを忘れることができる、と言える。マンガやライトノベルの世界に浸っている間でも、学校のことが忘れられるなら、それはその子にとってものすごく喜ばしいことなのだ。

あくまで推測だが、僕はこのツイートをした職員さんに「少しでも本で現実逃避できるなら、その時間を邪魔しちゃいけない」という思いがあったのだと思う。たとえ学校に行っていなくても、そのへんを散歩するだけで現実逃避できるのなら、「学校どうしたの?」と邪魔しちゃいけない。

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だから、これを読んだ皆さんにお願いしたい。

別に、同情する必要はない。

ただ、せめて、平日の昼間に街を歩いていたり電車やバスに乗ってる子どもに対して「学校はどうしたの?」と思うこと、そしてそういう目線を送ることだけは、止めてほしい。

前述したが、今年は本当に多くの「学校が嫌なら、逃げろ」記事を読んだ。それは「9月1日前後に18歳以下の自殺者数が多い」というデータが徐々に認知されている証だと思う。だからこそ、逃げた先の大人がきちんと受け入れなければ、子どもたちはいよいよ逃げ場を失う。

学校がイヤ、家もイヤな子どもたちが逃げ込めるのは、友達の家でも図書館でも動物園でもなく、「社会」そのものだけかもしれない*2。だから、僕はこの問題を「社会全体で取り組まなきゃいけない」ことだと思っている。

僕自身もいま不登校の子どもたちと関わっている。そこでボードゲームなんかを通じて「学校」という存在から1秒でも長く逃げられるのなら、それでいいと思っている。学校のことなんて、否が応でも考えなきゃいけないときが来る。それがしんどいのなら、今は考えないべきと思ったほうがいい。

とにかく、子どもに逃げることを奨励するなら、「学校はどうしたの?」と大人は思わないでほしい。

それが不登校の子どもを守る第一歩になる。

*1:ちなみに18歳以下の自殺者数が2番目に多いのは春先、3番目はGW明けである

*2:ただ、たとえばゲーセンとか、あまり健全とはいえない場所に逃げ込むと、また別の問題が起こりうる可能性がある

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