SH Diary.

かつて不登校だったひとが野球や遠出、日常とたまにちょっとまじめなことを書いてます。

虫の知らせ

昨日、仕事を終えてiPhoneを開けると、友人の訃報が入っていた。まだ30過ぎという早い旅立ちだった。

かれこれ5年くらいの付き合いになるだろうか。もとは同じイベントの裏方仕事で出会い、そのうちそこのスタッフが何人か野球好きということがわかって、LINEなどでよく野球の話をしていたうちのひとりだった。

僕はロッテファン、向こうは中日ファンで、交流戦前には毎度よく宣戦布告していた。会うなりいきなり、♪ゴー清田~清田~ と挨拶代わりに向こうからロッテの清田の応援歌を熱唱されたこともある。

ここ2年は大病を患いとても心配していたのだが、つい最近ドラフト会議でロッテが大阪桐蔭の藤原くんを獲ったことを嬉々としてFacebookに書いたら、いの一番にいいね!してくれたのは彼だった。だからまだまだ元気そうで何より、と思っていた矢先の、訃報だった。

そうかぁ・・・と肩を落としながら、葬儀の日取りとともにわざわざ丁寧に亡くなった時刻まで伝えられたLINEに目をやったその瞬間、僕はあることを思い出した。

その日の出勤前、ネクタイを締めながら習慣のように部屋の本棚の前で通勤の車中に読む本を何にするか考えていると、飾っている写真立てにふと目が行った。その写真は、結果的に僕と友人がいっしょに写った最後の1枚になった記念写真だった。引っ越すときの餞別でもらって以来、ずっと部屋に飾っている。

で、本棚で今日読む本を何にするか考えるのはいつものことなのだが、その写真立てに目が行くことはそれまでの記憶にないことだった。ごくごく自然に写真に目が行き、「そういえば、みんな元気なのかなぁ」などと考えながら、適当にささっと本棚から1冊抜いてカバンにしまい、そのまま部屋を出た。

・・・「友人が亡くなった時刻」として送られてきた時刻は、あろうことにその数分後だった。部屋を出て、急ぎ足で駅まで歩いているちょうどそのころ、友人は息を引き取ったらしい。

帰宅ラッシュにはまだ早い電車の中で、なにか返信せねばと文章を考えている最中そのことに気づいた僕は、急に胸のざわつきが止まらなくなった。それから気を紛らわせるために持ってきた本を開いたけど、頭の中はそのことでいっぱいで集中できない。逆に涙を堪えるのに必死だった。

出勤前、写真立てに目が行ったあの瞬間は、決して無意識でも偶然でもなかったのだ。

快速に乗ってたのか普通に乗ってたのか、もうなんか記憶が混濁した状態で電車を乗り継ぐ。こういう日に限って「踏切の非常ボタンが押されまして・・・」と電車が遅れている。ようやっと最寄り駅で電車を降りれば、まごうことなき涙雨が降っていた。

まっすぐ帰る気分じゃなくて、通り道のスーパーで焼き芋を買う。涙雨に打たれながら、もう皮を剥くのすら面倒でそのまま丸ごと食べる。とめどなく混乱していることが自分でもよく分かる。帰宅して、いの一番に例の写真立てを眺めても、まったくあの人が亡くなった実感もない。

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自分と2つか3つくらいしか年が変わらないからなのか。それとも、先週やったうちの父の三回忌で用意した花がリビングに鎮座しているからなのか。

いずれにせよショックなことは事実で、その日は結局やることすべて放り出して寝てしまった。で、今日も今日でペンや印鑑を家に忘れて出勤してしまい、不便な勤務時間を過ごすこととなった。まだ頭が混乱している。

今夜がお通夜、そして夜が明けたら告別式と聞いている。仕事が忙しく参列することはできなかった。

ただ、ひとつ確実なのは、あの瞬間写真立てと目があったのは、間違いなく彼が「最後の挨拶」をした瞬間だったということ。

再び暖かくなるころまでには、手を合わせに、来年のドラゴンズの話をしに、彼のもとへ行こうと思っている。