SH Diary.

かつて不登校だったひとが野球や遠出、日常とたまにちょっとまじめなことを書いてます。

「俺たちと、このチームで、いつまでも。」―ロッテ・根元俊一引退試合観戦記

かれこれ野球観戦の趣味を持ち始めて干支がひと回りしたが、「引退試合」というものを観たのはこれまでただ1度きりだった。

ロッテファンになってはじめてグッズを買った選手、サブローが引退試合をすると聞けば、もう何が何でも現地で涙を流さない選択肢なんてなかった。そしてギリギリでチケットを抑え、当日「サブローーーーーーーーー!!!!!」のアナウンスとともにグラウンドを去る背番号3に紙テープを投げ込み、泣いた。

そして、今年。

まったくの偶然だった。4月からの仕事が忙しく、今年は1度も千葉に行けないかな~と思っていた矢先、10月の3連休にチャンスがあることに気づき、最初は8日(月祝)に行こうと画策していた。もっともこの日ならば2年間ヒットの1本も打てなかった岡田幸文が見事な3安打猛打賞で幕を引く瞬間を観れたのだが。

ところが、雨天中止になった分が7日(日)に組み込まれることになった。これなら水曜日からの仕事にたいして影響なく参戦できる。こうして予定を前倒しすることにしたのだが、ここに、期せずして2度目の「引退試合」観戦が決まったのである。

そしてそれは、奇しくも、個人的に思い入れの強い男の、最後の晴れ舞台だった。

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その男の名を、根元俊一と言う。

13年間で年間出場試合が3桁にのぼったシーズンはたった3シーズンだけ、つまり年間でレギュラーを張った時期は限りなく短い。どちらかといえば「バイプレイヤー」という存在だと言えよう。

だから、断じて言える。この男は、記録よりも「記憶」に残る男だと。

それは、プロ初ヒットよりもなぜか「プロ初敬遠」を記録してしまったところから端を発しているのかもしれない。大して守備職人ではないのに、9回表1点差ノーアウト三塁の前進守備でセカンドゴロを横っ飛びで捕ったあと、なぜか帽子のズレをさっと直して送球しアウトにしたこともある。あれは最高に笑った。

とあるシーズン前のオープン戦では絶好調も絶好調で、しばらく驚異の打率7割超えを記録し続けたこともあった。僕の記憶が正しければ、あまりにも打ちすぎて、確かにヒットを打ったのにもかかわらず打率が数厘下がったこともあったはずだ。

ある年の根元の打席入場曲は ♪しゅーちしん しゅーちしん おれたちはぁ~ だった。ヘキサゴンが大流行して「羞恥心」が人気絶頂だった時代。流行に乗ったのかと思いきや、メンバーの野久保くんが根元の友人でこれを使ったと知ったときは驚いたものである。おかげで僕の中で「根元の登場曲」といえば、これだ。

こんなふうに、根元には、なにかこう「ミラクル」を起こす力がある。

それがたぶん、引退セレモニーで流れた映像で「勝負強い打撃を・・・」と形容されていたのだと思う。オリオンズユニの日にレフト前の絶妙な位置にポトリと落としたサヨナラヒットも印象深い。そう言えば今年の夏、仙台で0-6をひっくり返したトドメの一打を打ったのも根元だった。

僕はそんな彼が好きだった。応援のとき、「根元」のコールは「ねーもっと!」というリズムで発音することになる。僕はもっと打って欲しい、もっと打って欲しいという気持ちを込めて、「ねぇ、もっと!ねぇ、もっと!」と叫んでいた。

正直、今年でユニフォームを脱ぐとは思わなかった。うっそ、根元辞めちゃうの!ととても驚いた。あーもう「ねぇ、もっと!」って叫べなくなるんだな・・・と思った矢先、チケットをお願いしていた10月7日、最後の最後に「ねぇ、もっと!」と、しかもホーム千葉で叫べるチャンスが、何の気なしにやってきたのだった。

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始球式は根元のご子息だった。ボールを投げる直前、ぺこりとお辞儀をしたその瞬間がとてもかわいかった。

根元はもともと内野手である。しかし、キャリアの晩年はファーストのほか、レフトやライトで出場する機会が増えていった。ある夕方の神戸での試合前、外野手の角中とともにレフトで守備練習に励んでいた僕は思わず二度見した。そして「うわ、根元ホンマに外野やっとる」、と思わず声を漏らしてしまった。

で、また、この「根元の外野守備」というのがやけに危なっかしく、根元のほうへ打球が飛んでいくたびにいつも「根元!根元!気をつけろー!うおおおおおおお・・・」と勝手に心配して勝手に安堵の声を上げていた。

そしてこの日、レフトの守備位置についた根元に、相手のソフトバンク打線は狙っているのかたまたまなのか、次々とレフトへ向けて打球を飛ばしていく。「根元、大丈夫か根元、うおおおおあっっっっぶねーーーー!!!」と例によって勝手に心配して勝手に安堵していたが、それもこの日でおしまいなのだ。

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とはいえ、根元に捕らせるどころかその先のレフトスタンドにまで放り込み、いつものように「熱男ーーー!!!」と叫ぶ松田(とデスパイネ)には、思わず苦笑いしてしまったが。

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途中ライト守備にも就いた根元にここまで回ってきた打席は3度。いずれも凡退を重ねている。で、8回裏と9回裏、ここで3人出塁すれば根元に第4打席を用意することができる。8回表の時点で0-8という大量ビハインド、次に根元に回せることができたなら、それが最終打席になる可能性が高い。

となれば、間違っても、さっきのレフトフライで根元の打席を終わらせてはいけない。

それが伝わったのだろう。

先頭の平沢が出塁する。続く菅野もきっちりボールを見極めて出塁。あとひとり出れば、ゲッツーでもない限り根元の最終打席を作れる。ところが岡は三振、藤岡はファーストゴロ(ここでようやく1点返した)であっという間に暗雲が立ち込める。続くバッターは中村奨吾。

結果は、見事に奨吾がボールを見極めて、フォアボール。

2アウトなので牽制アウトでもしない限り、最後の晴れ舞台の準備ができた。思わず僕はその嬉しさで仲間とハイタッチを交わす。その後井上が見事なタイムリーヒットをかっ飛ばすことで、正式に9回裏に根元現役最後の打席が回ってくることになった。

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これが本当に最後の根元コール。せめて、せめてもう1本打ってくれれば。サブローのときの奇跡を今こそ。

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・・・しかし、根元の最後の打席はセカンドゴロ。結局最後にヒットを1本打つことは叶わなかった。しかし、一塁を駆け抜ける根元の表情には、やや充実感がにじんでいるようにも感じ取れた。

このあとすぐ、ソフトバンク一塁手の川島がなにやら根元に声をかけた。そして何かをすっと差し出す。それは、つい何秒か前にセカンドゴロに終わった「根元が現役最後に打ったボール」だった。まさかそんなシーンが展開されるとは思ってもおらず、慌てて撮影したら見事にピンボケ・・・。

結局、試合は大敗だった。それまで10試合連続だったホームの連敗はそれでも止まらなかった*1。さあこのあとはセレモニー、ソフトバンクのヒーローインタビューも割愛され、場内が一気にしんみりモードに入ってゆく。

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耳慣れたサンボマスターの ♪君ならできないことだって~ という歌声とともに、背番号2が、マイクの前に立つ。

あの日のサブローと同じように、根元もまた、涙でつまることもなくサラサラと言葉を紡ぎ出した。「あまり長くなるとみなさんの帰りが遅くなってしまいますので・・・」と、ファンの時間すら気にする余裕すら見せた。この日、どこに泊まるか決めてなかった僕はその言葉に「んなもん、気にせんでええって!!!」と叫ぶ。

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♪み~ぎへひだりへね~も~と~ という「シンケンジャー」の替え歌の2作目、そして ♪俺たちとーこのチームでーいつまでも・・・ の現行応援歌。

根元は、ライトのほぼ定位置で、スタンドに向かって、まるでシャワーを浴びるかのごとくその応援歌に耳を傾けていた。

スピーチでも「皆さんが歌ってくれる自分の応援歌が、本当に大好きでした」と最後に言ってくれた。根元のために、「ね!も!と!今こそ見せてくれ!勝負にかける思いを・・・」と歌ったあの瞬間は間違いではなかった、と確信した。それに気づいて、僕はじんわり胸を熱くした。

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海風の心地よい千葉の夜空に、根元は10度、時折危なっかしくも胴上げされた。これでセレモニーは終わり、根元の現役生活に幕・・・と思いきや、突然またセカンドの方へ4人の選手が走っていく。ひとりは根元だが、あと3人は・・・

と、どこからか、「待って!これはやばいよ!」という声がした。

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あとの3人は、なんと今年2000本安打を達成した福浦、先日引退試合を終えた金澤、そして翌日のこの時間にはもう自身の引退試合をすっかり終えている岡田だった。4人は梶原広報にカメラを渡し、やおら記念写真を撮ると、またベンチへ戻っていた。福浦は岡田に「明日はお前だぞ」というようなちょっかいをかけていた。

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僕にとって根元俊一とは、青春だったのかもしれない。

そんなことを言えば、サブローだって、福浦だって、西岡だって今江だって、清水直行だって小林雅英だって、自分が高校生から観てきた選手全員が「青春」と言えるだろう。でも、根元はなにか特別だった。僕がロッテファンになった2005年秋に入団したから、という理由は少なからずある。

俺たちと、このチームで、いつまでも。

ロッテ一筋13年、根元俊一という男は応援歌を通してロッテファンとの「約束」を守った。そしてそれは現役引退後、来季から2軍コーチ就任という今朝の報道で、さらに頑なに守られることになるだろう。

根元選手、13年間の現役生活、お疲れ様でした。
心の底から「ねぇもっと!」とコールできたこと、そして数えきれないほどのミラクルなプレイを見せてくれたこと、絶対忘れません。

*1:ちなみに14連敗でシーズンを終えた